無理もない。漱石の『倫敦塔』には、ジェーンに関する記述はほんの数行しか載っていなかった。

これでは山猫の話の方がはるかに具体的で分かり易い。

「まぁこんなもんさ」

「そうね」

「別にジェーンについての解説本じゃないわけだし……飲む?」

僕は本を机の上に置き、代わりに缶ビールをシロナに渡した。

「でも不思議よね」

「何が?」

「だって、その漱石って人は、もうずっと昔にあの絵を見てるのよね」

「ああ」

「私たちと同じあの場所で」

「そうだね」

僕は小さく頷いた。

そしておそらく、「彼女」も十年前にあの絵の前に立っていたに違いない。

そんなことを考えながら。