宇宙みたいな曲だと思った。
鼻の奥がツンとなって慌てて周りを見渡すと、泣いている人もいる。
夏樹の言葉を待たないうちに、また次の曲の前奏が始まっていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あぁ、今さらだなって
自分で思った
なぁ、必ずまた出逢うだろう
必ず巡り会うだろう
この雨粒たちのように
だからその時まで
待っていてくれないか
来る日も来る日も
雨は止まなくて
繰り返し魅せられる
雨のリズム 雨のダンス
気持ちなんて所詮
目に見えないもので
表すのもままならないまま
ただ愛の言葉を口走る
あぁ、何の根拠(わけ)もなく
できると思った
なぁ、必ず繰り返すんだろう
必ずまた笑えるのか
君といることがただ幸せだと
そう思えていた
昔の頃のように
来る日も来る日も
君を守れない
繰り返し思い出す
君の孤独 僕の孤独
謎めいた真実は
いつまでも謎のまま
人間なんて人生なんて
曖昧すぎる
5年経ったら
また前に進めたら
俺が俺を好きになったら
そしたら君の事を
離さないで好きでいられる
そんな気がした
何の根拠(わけ)もなく
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
歌詞とは裏腹な軽快なリズムが刻み終えられた後に残ったのは
ドラムの余韻と、歓声と鳥肌。
あたしは泣かないように下唇を噛んだ。
夏樹が好きだと思ってたのに絢が好きだと思ったり。
でも結局夏樹の事もやっぱり好きで。
このバンドフェスティバルに来て良かったのは、初心を思い出した事。
夏樹が好きで夏樹と少しでも一緒にいたくて、少しでも近づきたくて。
それでこの大学に入ったのに。
なのにあたしは結局夏樹の何も知らないまま、1人で勝手に幕を下ろそうとしてた。
だから今日ここに来て、ちゃんと夏樹と向き合わなきゃ、って思えた。
たった、1度しかないんだから。
この日は。 この時は。 この瞬間は。
だったら、何も考えないで進めばいいんだ。
「……夏実…」
ふと顔を上げると、目の前に夏樹がいた。
あ。
そっか。
前言われた通り、ステージ裏に来てたんだ。
ライブの余韻が強すぎて、ちょっとボーッとしちゃった。
「夏実…」
「…カッコ良かったよ! 夏樹」
あたしは夏樹の言葉を遮った。
「カッコ良かったよ、今日の夏樹。 あんな夏樹、初めて見たもん。 ビックリした」
あたしは顔をひきつらせて、無理やり笑顔を作る。
「おい、夏実……」
「また呼んで。 そしたらあたし、友達に夏樹のこと自慢しちゃおっかなー」
「…夏実!」
「そしたらあたしに歌ってよ。 『夏実に捧げます』とか言っちゃってさ」
「夏実!」
あたしは、その瞬間夏樹にものすごいスピードで抱き締められた。
カランカラン――
ドアを開けた瞬間、懐かしい匂いがあたしの鼻をかすめた。
「いらっしゃいませー」
相変わらず、このマスターはあたしに最初に挨拶をしてくれる。
そして……
「キョーコちゃんじゃない!」
相変わらずの、金髪美人。
あたしは今日、久しぶりにMr.シャマンに来ていた。
「ヒロミさん、久しぶりですね」
「ホントよー! 何してたのよ、もうっ!」
そう言ってあたしの肩をバシバシと叩く。
そして後ろを振り返って。
「ケンちゃん、キョーコちゃんに、いつものね♪」
あたしにニッコリと笑いかけた。
あたしは絢のいるカウンター席に腰かける。
「京子来ないから、マジでバイト辞めようかなとか思ったんだからなー」
「何それ。 大袈裟」
本当は、辞めてくれた方が良かったのかも。
そうすればあたしは絢の事は諦められたかもしれないのに。
なんて、こんなことは絶対に口にできないけど。
「今日は何ですか、お客さん? 何か嫌な事でもありましたかー?」
絢がふざける。
ホントは知ってるハズ。
絢、勘とか良さそうだもん。
あたしはふっと笑った。
そしてゆっくりと顔を上げる。
「ごめん……」
「何がだよ」
絢は少し間を開けて、それからふっと笑った。
「いや…アンタには、色々と迷惑かけちゃったかなって思って…」
あたしもちょっと笑うけど、それはもちろん心から笑っている訳じゃない。
「迷惑?」
「うん、いっぱい勝手な事してきた…」
「別に? 彼氏いる女なんて、そんなモンだろ? 俺も分かってるから」
「それでも」
「俺も悪かったよ。 俺のせいで色々トラブっただろ? ごめんな」
絢がカン、とグラスをテーブルに置く。
「ううん…。 でも…今日は…」
今日は。
お別れに来たの。
そんな事、言えるハズない。
あたしは唇を噛む。
絢も、なんとなく空気を読んだのか、手を止めた。
だいたい、よく考えてみたら、絢とあたしはカラダの関係を持った訳じゃない。
キスもしていない。
手すら繋いだ事もないんだ。
なのに…
一体、何を『お別れ』すればいいんだろう。
あたしの頭の中は、真っ白になってしまった。
何て言えばいいの?
あたしは俯いていた顔を上げて、全く何にも動じていない絢の顔を見つめた。
そしてゆっくりと口を開く。
「…ねぇ、あたしのこと、好きだった?」
絢がポカン、と口を開けた。
「おー…今も好きだしな。なぜか惹かれるっつーの? まぁ俺は京子の彼氏ほど多才でもねーけど」
てか、呼び方京子に戻ってるし。
「今日…は…お別れに…来た…んだ……」
唐突にあたしが震える声でそう言っても、やっぱり絢は動じなかった。
『あ、そう』とでも言いたげな顔。
「あ、そう」
ホラね。
あ、そうって、そんなレベルの女だったのかな。
いついなくなったってどーでもいい、そんな女だったのかな。
あたしは下唇を舐めるように噛んだ。
「…それだけ?」
「ん。 あ。 それだけじゃイヤだ? 俺に引き止めて欲しかった? 嫉妬とかして欲しかった?」
「そんなんじゃないっ!」
あたしは思わず大声を出して席を立った。
周りの人達がみんなあたしに注目してる。
そんなんじゃない。
そんなんじゃないよ。
だからこれ以上、あたしの消そうとしてる気持ちを掻き立てようとしないで。
消したくても消えてくれない、あんたへの想いを、掻き立てようとしないでよ。
「キ…キョーコちゃん? 大丈夫?」
ヒロミさんが後ろから背中を擦ってくれた。
あたしは叫んでからどれくらい止まっていたのだろう。
気付けば周りの人達は、各々のグループの会話に戻っていた。
ねぇ、目を見てよ。 深海絢。
前みたいにあたしの腕を掴んで連れ出してくれないことなんて、分かってるけど。
でも、あたしは別れを言いに来たの。
これでもう終わりなんだよ?
ねぇ、目を見て。
もっとちゃんとあたしを見て欲しかったんだよ…。
あたしは、カウンターに手をついて身を乗り出した。
そしてゆっくりとあたしの唇と絢の唇を近づけ…
一瞬、触れただけのキスをした。
唇が離れた瞬間、あたしは振り返らずにMr.シャマンを後にして走り出した。