「ねぇ……」
あたしは遠くの景色を見ながら、ふいに立ち止まった。
「んー?」
「……あたしね、夏樹が好きなの…」
「うん。 知ってるよ。 当たり前じゃん。 付き合ってるんだから。 どーした、急に」
当たり前……か。
付き合ってるんだから。
でも、じゃああたしはその『当たり前』になれないかもしれない。
それがすごく怖い。
「でもね。 絢の事も、好きなのかもしれないの…」
あたしが言い終えた時、世界の音たちが全て消えた。
車の音も、鳥のさえずりも、子供の笑い声も、風の音も。
あたしの耳に届くはずの振動が、止まったように感じた。
そしてその瞬間、その音を無くした世界が一気に歪んだ。
鼻の奥がツンとする感覚と共に、涙がぶわぁっと吹き出した。