「あ。 こんなとこにいた。 探したよー」


あたしの声に気付き、彼はゆっくりと顔を上げる。


「あれ。 夏実。 講義は?」


「ないってゆったじゃーん。 今日の午後一緒にどっかブラブラしよーってゆったじゃーん。 どーせ夏樹忘れてたんでしょ。 もー慣れたから別にいーけど」



あたしがこう言い終えないうちに、夏樹がだんだん『しまった』という顔になったのが分かった。



「悪ぃ。 すぐ荷物まとめるからちょっと待って」


そう言うや否や、夏樹はバタバタと教科書やノートを鞄に突っ込んだ。



「はやっ」


「よしっスタバでも行くか! お詫びっちゃあ何だけど俺おごるから」


「えへーやたっ!」



あたしはご機嫌で軽くスキップ。








キャンパス内にはスタバが2つあって、大学を出て5分ぐらい歩いた駅にも1つある。


残念ながらキャンパス内のスタバは両方混んでいて、あたしたちは駅に向かった。





「こっちも混んでるねー」


とにかく人が多い。

あたしはパタパタと顔を手で仰いだ。



「夏実ーぃ。 何飲む?」


「んー。 いつものー」


あたしは夏樹の腕に手を絡ませる。


歩く時とかもこれが一番落ち着く。




バカップルみたいにべたべたしていると、斜め前にいた人が振り返った。



「あ……」


明らかにあたしを見ている男性。



え……


でもあたし…こんな人見覚えないし。







「 …知り合い?」


夏樹があたしの手を繋ぎながら顔を覗き込んだ。



「え……ううん…」

「京子だろ?」



あたしとその男性、2人の声が重なった。



「えっ…えぇぇえ!?」


なっ何!?

何であたしの事知ってんの!?


あたしは思わず夏樹の後ろにそそくさと隠れてしまった。



サングラスかけてるから顔はあんまり見えないけど……


でもこんな人、絶対知り合いにいない。



だいたい、あたしの名前は『夏実京子(なつみ きょうこ)』。


友達も、夏樹でさえも『夏実』って呼ぶのに…


今まであたしの事を『京子』って呼ぶ人なんて、家族以外にたぶんいない。


しかも男で、呼び捨てで……




「あの…失礼ですけど…っ誰…ですか…?」


あたしは夏樹の影に隠れながらおずおずと尋ねた。







「分かんない? …分かんないよなぁ。 んじゃお先に」



そう言って、その男性はスタスタと行ってしまった。



あたし1人だったら追いかけたけど、今は夏樹と一緒だもん。


彼女が自分じゃない男追いかけてるのなんて、見たくないよね。



そう思って夏樹を見上げた。



「なーに泣きそうな顔してんだよー」


「泣いてないもん……」


夏樹がポンポンとあたしの頭を叩いた。



だって……

どうしよう。


浮気相手だって思われたりした?


いや、でもそれはないかな。


でも、絶対ヘンだと思われた。

だって、あたしが夏樹でもおかしいと思うもん。



でも……

でも…


「浮気相手とかじゃないよ? ホントに知らない人だったんだよ?」






言ってから、ちょっと後悔した。


言い訳するのなんて、逆にウソみたいだったかな?


でも言い訳しないのも…

勘違いされてたら嫌だもん。



「ぶはっ」


「……へ?」


あたしがまた泣きそうな顔をしていると、すぐあたしの上で夏樹が吹き出した。



「何よぉっ……」


あたしはもう泣き出す寸前。


だってこんなに心配して悩んでんのに、『ぶはっ』って。


別に笑わなくってもいーじゃん。



「別にそんなん思ってねーし。 浮気? 夏実って浮気できるほど器用じゃねーだろ」


あたしはそれには何も答えずに、下を向いて夏樹の腕にしがみついた。




「どーするー? 俺ん家来る?」







あたしはまた黙って、夏樹の腕に自分の腕を絡めた。


こーゆーのは『Yes』のサインだって夏樹は知ってる。


だから夏樹は「よしっ」って言ってあたしの手を引いた。



「ね。 課題…手伝ってくれると嬉しい…」


「課題? いーよ」


それからあたしたちはいつものように笑って夏樹のアパートに帰った。



「ごめんなー汚くて」


「ううん。 全然ー」


「何か飲む?」


「いらないよ、さっきスタバで飲んだばっかじゃん」


笑いながらいつもみたいに適当に座る。



「そっか」って笑った夏樹の顔に思わず見とれてしまった。