内装に目を向けていると、マスターが水割りのグラスをコースターに乗せながら私を見ているのに気付いた。
マスターの顔を見返すとマスターの目がふっと緩んだ。
ヒゲで口元はよく見えないが、口角が上がったような気がした。
首を傾げる私にマスターは
「昨日は大丈夫でしたか?」
と低い声で尋ねた。
当惑しながら答えにつまる。
「昨日、ですか?」
「だいぶ飲まれてましたからね。忘れてしまいましたか?昨日ここで飲んでらしたんですよ。今日も来て下さったから、覚えてらっしゃるかと。」
低い声と幾分ゆっくりな話し方に聞き覚えがある気がした。
「すみません。違う場所で飲み始めたところまでは記憶にあるんですが…。たまたま通りかかって、見覚えがあると思って入ったんです。やっぱり来たことあったんですね。あの、私」
言いかけたところで、美咲がいることを思い出した。
あまりの異空間な空気で一番大事なことを忘れていた。