「悪いねえ」

 登校中に彼女に捨てられて、酔いつぶれていた三十代の男、野崎雅志さんをわざわざ拾い、徒歩と自転車を引きずり家に送った。

 寝ぼけていた雅志さんはマイペースに自宅へ招き入れた。

 玄関でよかったもののお茶を出してくれるということで無理にリビングに通された。
 
 ソファーに座ると、階段を降りる音が聞こえた。

 雅志さんはニコニコしながら台所でカチャカチャ食器の音を鳴らし、俺の前にお茶をおいてくれた。俺は「どうも」と言ってそれを貰う。

「悪いねえ。本当・・・こんな若い子に助けてもらえるなんて」

 と、苦笑交じりに言った。
 
 俺はどう言ったらわからなくて、

「いえいえ、たまにはそんなこともありますよ」

 と、適当なことを言って時計を探した。
 
 テレビの上の壁の時計が九時を回りそうだ。
 
 学校、完璧に遅刻だ。連絡もいれてないし、やばい。

 俺は帰ることを告げようと口を開いた。

「あの・・・それでは俺帰りま・・・」
 
 俺は雅志さんとは反対側のドアが開いた音が聞こえた。

 そして振り返ると知っている顔がいて、最後の言葉が出てこなかった。

 眉間にしわをよせて俺をじっと見る、知っているやつの目。

 二人を見つめる雅志さんの優しい目。

 目を少しだけ大きく開いただろう、驚いた俺の目。

 「野崎・・・」

俺はつぶやいた。

 野崎だった。野崎とは中二の時、同じクラスだった。下の名前は思い出せない。クラスの名前さえも覚えられない俺だから。すまん。
 野崎は二年の三学期から学校へ来なくなり、三年の別のクラスになっても登校拒否を続けている。
 全校生徒で数名の登校拒否児童は毎年、増え続けている。気がする。

 野崎は俺の姿を見て、雅志さんより白い頬を青白くさせた。
「お~。弟の知り合いか?」
「あ、そうです。中二の時、同じクラスで」
 雅志さんは笑顔だった。
 野崎は俺の顔を見て、フイッ逸らすとリビングから出ていった。
 雅志さんはそんな野崎の姿を見て、ため息をついた。