帰ってしまったミカンがどれだけ傷ついているのか、自分の想像では追いつかない。
どうしてあんなことを言ってしまったのか後悔だけが残った。
久しぶりに一人で帰る帰り道は、まだ秋だって言うのに、左腕が冷たい感覚がした。
ミカンの家、道路側の二階の部屋には明かりはついていなかった。
電話をしてみようかと思ったが、出てくれるわけがない。
明日、直接謝ろうと家路についた。
沈んだ気持ちのまま、リンゴは校門をくぐった。
朝、ミカンの部屋を見たがカーテンは開いていなかった。
知っている顔に挨拶されても機嫌よく挨拶できるわけもなかった。
ミカンが学校に来たとして、どの時間で、どのタイミングで謝れば良いか考えるが、思いつかない。
そんなことを考えていると、ホームルームが始まってしまった。
ミカンの席にはまだ本人が来ていない。
「不動は風邪で休みだ」
と担任が発表した。
どこかで安堵する自分がいた。
これでまだ猶予が出来た。と思った。
でもそれ以上に苦しい胃の痛み、胸の苦しさに襲われた。
「ってぇ…」
多分、罰を言い渡されるのを罪人の気分の様に思えた。
教室内の事情を知る女子の痛い程の視線を浴びながら一日を終えた。
家に出向いて謝っても良いが、あの三人に見つかると謝る所じゃない気がした。
自分たちが、小学校に入りたての頃、ミカンは可愛い過ぎると言うやっかみを上級生の女子受けた。
その女子の兄貴がミカンの顔に傷つけた時、あの三兄弟の怒りは相当なものだった。
すぐにでも、殴り込みに行こうとした三男、キウイ。
精神的にいたぶった方が良いと言った次男ユキナシ。
それらを制して、動いたのは長男の柚子(ゆず)だった。
本当に怖いのは、長男のユズだ。
普段は柔和な人だが、怒らせると本気で怖い。
ユズは子供ながらに、何かしたらしく、しばらくしたらその兄弟は学校からいなくなった。
ヤバイとはっきり思った。家に行ったら確実に柚子に殺される。
世の中から抹殺されるのは確実だ。
学校で謝るしかない。
授業の復習も食事もしないまま、ベッドに入った。
せめて、夢の中だけでも、ミカンの笑顔が見たかった。
けれど、夢の中でさえ、ミカンは姿を見せてくれることはなかった。
現実も夢も厳し過ぎることを今更ながら思い知った。
また一人で歩いて登校する。
つまらない。と感じている。
隣にいると煩いと思ったが、やはりいて欲しい。
「おはよう!」
聞き間違えるはずがない、ミカンの声だ。
振り向くとミカンが来ていた。
周りに挨拶しながら、こちらに向かってくる。
「あいつ」
ミカンにいつも注意していたことがあった。
ナナメ掛けのバックで歩くなということだった。
ミカンは便利だと言うが、男から見ると、ぐっと来るものがある。
ましてや、ミカンのように形の良い胸ではますます強調される。
ミカンがどんどんこちらに近付いてくる。
「ミカン!」
急いでかばんを外せと言いたかった。
男の視線がミカンの胸元に集中している。
「お前」
だがミカンは、リンゴの横を何も言わずに通り過ぎた。
明らかな無視をされた。
目線は一度合ったはずだ。だが、ミカンは意図的にリンゴを無視して行った。
はっきりとした拒絶を受けたのは初めてで、動揺した。
まだ、蹴り付けられた方がマシだと思った。
そのほうが、ミカンの視界にいると実感出来たはずだ。
「あーぁ、オレも彼氏欲しいかも」
休み時間にミカンが突如口にした言葉にみんな驚いた。
告白をして来た男を全て拒絶してきたミカンの台詞とは思えなかった。
「だってぇ、みんな彼氏とかいるしー。オレも恋とかモロモロしてみたい〜」
モロモロってなんだよ、腹の中でツッコミを入れた。
昼休みになると隣や違う学年の生徒が教室に押しかけてきた。
「え〜好きなタイプ?優しくて、真面目で、女の子に酷いこと言わない人かな?」
メモまで取っている奴までいた。
「好きな食べ物?ん〜グラタンかなぁ?」
嘘つけ、お前の好きな物は、和牛のサーロインステーキだろうが。
と心の中で叫んでも誰にも聞こえるわけがなかった。