リンゴとミカンの事情

寝不足の頭を抱えながら校門をくぐる。

夢見が悪すぎた。


夜中に目を覚ましてから寝付けず、ようやく寝付いたのは起床の一時間前だった。

授業中に寝て置かないと、部活に差し障るだろうと思いながら歩いていると


「へい、リンゴ飴」


頭に響く大声と自分の名前の下にいらない単語を付けられて後頭部を強かに叩かれた。

寝不足の頭にこれ以上酷いダメージはない。


「ってえな!バカミカン人の頭をいちいち殴ってんじゃねぇよ。人の名前にいらない単語付けんなって言ってんだろうが」
目の前に現れたのは、幼なじみの少女。

長く艶のある髪を二つに分けて頭の上で結い上げている。右側にだけ飾りがついたヘアゴムを使っていて、水晶とローズクォーツのパワーストーンの飾りは彼女のお手製だ。


二重の大きな目は朝日を浴びてキラキラしている。

通った鼻筋と、みずみずしい唇は思わず噛み付きたくなる位赤くて理性を揺さぶる。

制服のスカートから伸びる足は、白くて真っ直ぐで触れたらどんな感触がするのだろうかと思わず想像してしまう。
「何、人のことガン見してんの?視姦?」

「バカ!朝っぱらから何言ってんだよ」


美少女だと言うのに、出てくる言葉は下世話なものだったり、


「オレの脚線美拝むなら拝観料もらうよ。苺ミルクティー一ダース上納しやがれ」

「なんだ随分安いな。って、誰が買うか!女がオレなんて言うなみっともねぇ」


言葉使いも男のようだったりする彼女にため息がもれた。


「不動くんは、この眉間のシワさえなければカッコイイのにね」
不意に眉間のシワを細い人差し指で触られてドキリとした。

ふわっと鼻に香る甘やかな香り。彼女の香りだと気づくと思わず身体を引いた。


「触ってんじゃねぇよ」


手を払うと、一瞬淋しげな顔をした。


「ふんだ。むっつりスケベな桜くんに触ったらこっちが妊娠しちゃうよバーカ」

「んだとテメェ」


「助けてぇ犯されちゃう〜」


校舎に向かって走って行く二人を誰もが知っていた。

自覚のない天然美少女、男勝りな不動美感(ふどうみかん)

こちらも自覚の薄い美少年、文武両道な桜凛護(さくらりんご)


二人を知らないものはこの学校にいないという程有名な幼なじみの二人だ。
教室に駆け込むと、それぞれの席に着く。

ミカンは窓際の一番後ろ。

リンゴは廊下側の一番前の席、対極線上に位置している。


ミカンの周りにはすぐにクラスメートが集まって来る。


「ミカンちゃんおはよう」

「おはよう」


ミカンはクラスの人気者だ。

ミカンのおおらかでさっぱりとした性格は男だけではなく女性にも好かれていた。


「ミカンさん朝から大人気だ」
「何でお前がここにいるんだ。森川」


リンゴを横目で眺めていると、後輩、森川悠斗(もりかわゆうと)が教室に入って来ていた。


「先輩に用はありませんよ。オレが用があるのは部長ですよ」


このクラスには、リンゴ達の部活の部長もいる。

ミカンと話しをする中にサッカー部部長の戸高政喜(とだかまさき)がいた。


「だったら用事済ませてさっさと戻れ」
「言われなくても、そうしますよ。では放課後にチェリーさん」

「誰がチェリーだ」


小中高と一緒の学校のせいか、森川はリンゴに対して生意気な態度とる。


自分を腹立たせる術を心得ている森川に怒鳴ってしまう自分もまだまだガキだと思う。


息を吐いてミカンを見る。

小さい頃、いつも一緒にいたのに。

いつの間にか距離は開いた気がする。

理由は何となく分かってるつもりだ。
中学に上がると周りが、恋愛や性的なことに興味が沸き上がってくる。

リンゴだって思春期真っ只中で興味がなかったわけじゃない。

ただその興味はたった一人に向けられているだけで。
ミカンが好きだった。

それは今も変わらない。

それが幼なじみの好きから異性に対しての好きだと自覚して、すぐにミカンに告白しようと思った矢先。

ミカンが告白されている現場を目撃してしまった。