周りの女子はうんうんと頷いた。
実際、何を着ても似合うのだ。
普段から男みたいな格好しているから、男装も似合う。
「おい、リンゴ大丈夫か?」
「あ?何がだよ」
ミカンがリンゴの顔を指差した。
顔を何か温かいモノが流れていることに気づく。
さっと触ってみると、真っ赤な血がついていた。
「だっせー、笑えるダサさ!」
再びリンゴが笑い者になる。
「うるせぇ!黙りやがれ!」
鼻をブレザーで拭いながら、怒鳴るがミカンたちの笑いは止まらない。
「何々ぃ?ミカンちゃんのナイスボディに興奮しちゃった?大変だねぇチェリーボーイ」
この状況で、ミカンの下品な話しに笑えなかった。
「誰がチェリーだ!んなもん、中3の時に捨てたっつうの!お前見たいな女と一緒にすんな」
「人の生肌を見て鼻血吹いてるエロガキのくせに」
「そんな胸がでかいだけの身体で男が興奮すると思ってんのか?気持ち悪ぃ」
ミカンに対する暴言は止まらなかった。
「ちょっと綺麗だの言われて調子乗ってんじゃねぇよ。お前ぐらいならその辺にゴロゴロいるっつーの。だいたいお前みたいに性格もガサツな女とやりたい奴なんているかよ、金出されたって断るぜ」
勢いに任せて吐き出した言葉に背筋が凍る思いがした。
違う、そんなこと思ってない。
と土下座したいと頭は思うが、身体は動かない。
プライドが邪魔をする。
早くしないと、ミカンの大きな目が冷たく、感情を無くし始めている。
「もう良い」
ミカンは肩にかかった衣装を脱ぎ捨てると、隠すこともせずに着替え始める。
慌てて回りの女子が隠すが、ミカンは気にすることなく制服に素早く着替えた。
「丈とかは大丈夫だよ。首のところの刺繍がちょっとちくちくするかな」
周りの女子と数回言葉を交わすと、リンゴの方に向かってくる。
「ミカン…」
謝ろうとした瞬間、腹に衝撃が走った。
吹っ飛ばされて壁にぶつかった。
腹が痛い。痛みで目が開けられない。
片目でミカンを見ると、片足を上げていた。
腹を蹴られたとようやく気づいた。
「邪魔」
聞いたことのない低い声で言い捨てて、ミカンは教室に出て行った。
なんとか図書室に辞書を返して教室に戻ると、ミカンはいなかった。
ミカン本人どころかかばんすらない。
どこに行ったんだろうと、後ろの席に尋ねる。
「あぁ、帰ったよ」
「何でだよ?」
「さぁ?」
今日帰ることなんて聞いてなかった。今までも酷い喧嘩を何回もして来たこともある。
そんな時でもミカンは帰ることなんてなかった。
帰ってしまったミカンがどれだけ傷ついているのか、自分の想像では追いつかない。
どうしてあんなことを言ってしまったのか後悔だけが残った。
久しぶりに一人で帰る帰り道は、まだ秋だって言うのに、左腕が冷たい感覚がした。
ミカンの家、道路側の二階の部屋には明かりはついていなかった。
電話をしてみようかと思ったが、出てくれるわけがない。
明日、直接謝ろうと家路についた。
沈んだ気持ちのまま、リンゴは校門をくぐった。
朝、ミカンの部屋を見たがカーテンは開いていなかった。
知っている顔に挨拶されても機嫌よく挨拶できるわけもなかった。
ミカンが学校に来たとして、どの時間で、どのタイミングで謝れば良いか考えるが、思いつかない。
そんなことを考えていると、ホームルームが始まってしまった。
ミカンの席にはまだ本人が来ていない。
「不動は風邪で休みだ」
と担任が発表した。
どこかで安堵する自分がいた。
これでまだ猶予が出来た。と思った。
でもそれ以上に苦しい胃の痛み、胸の苦しさに襲われた。
「ってぇ…」
多分、罰を言い渡されるのを罪人の気分の様に思えた。
教室内の事情を知る女子の痛い程の視線を浴びながら一日を終えた。
家に出向いて謝っても良いが、あの三人に見つかると謝る所じゃない気がした。
自分たちが、小学校に入りたての頃、ミカンは可愛い過ぎると言うやっかみを上級生の女子受けた。
その女子の兄貴がミカンの顔に傷つけた時、あの三兄弟の怒りは相当なものだった。
すぐにでも、殴り込みに行こうとした三男、キウイ。
精神的にいたぶった方が良いと言った次男ユキナシ。
それらを制して、動いたのは長男の柚子(ゆず)だった。
本当に怖いのは、長男のユズだ。
普段は柔和な人だが、怒らせると本気で怖い。
ユズは子供ながらに、何かしたらしく、しばらくしたらその兄弟は学校からいなくなった。