――永遠とは如何なるものか。現に、些細な優しさすら鋭利な刃物に成り得ると云うのに――



 季節は春。出会いと別れを象徴する、桜色の季節。
 世の中の人間が、新しい世界に浮き足立ち、或いは春特有の純然たる気配に、並々ならぬ失望を感じている頃、やはり彼等は街郊外のアパートに居を構えていた。
 最早、夫婦の佇まいである。阿吽の呼吸は何処までも蔓延る。
 会話は、簡潔で、まるで健やかな風のよう。仲良しと云うのも億劫になるくらいの表情がそこにはあった。
 四月の気配は、彼等には何の気にもならないようで、相も変わらず彼はビールを、彼女は包丁を持ち、何時もの夜更けを迎えようとしている。
 夫婦のようとはいえ、やはり彼らはキスやその先に於ける営み等はなく、彼は彼女の髪を愛で、彼女は彼の大して広くもない懐を愛でているよう。時折、彼は彼女を抱きしめる事もあるにせよ、ただそれだけの事。
 彼は、この感情を上手く認識することが出来ない。
 愛では浅く、太陽と云えば言い過ぎる。
 ……まるで、永遠に続く、恋みたい。
 彼はこの頃そう感じるようになっていた。
「ねえ、ガク? このサラダ持って行って!」
「ああ、うん」 
 彼女がそう言うのを訊き遂げてから、彼は、あまり広くは無い台所へ向かう。やはり、何時もの何ら変わらないやり取りだが、今日は、些か違うようだった。
 丁度、彼が台所に向かう最中、普段中々聞けない来訪者を知らせるブザー。

 ――そう。幕を閉じるブザーでもあった――

 彼らは、顔を見合わせ、彼女がそれを迎える為にドアを開けに行く。何時もは、新聞や、何かの営業でしか聞けない音ではあるが、彼女は、何時もそのひとつひとつに対応をする。何事も、無視の出来ない性格なのだ。