はらり、はらり。
 雪が彼の肩にも掛かり、そして消えゆく。
「……? ガク? どうしたの?」
「……いや、何となく?」
 振り向いた彼女と頬が触れ合う。
 温かい。
 凍えるような冷たさの中で、触れている右の頬だけが、まるで別の次元にあるようだった。
 その微かな温もりに触れながら、彼は空を見上げる。
 ……良い夜。
 彼は改めて思う。
 密着している身体にも、温もりが宿る。出来ることならこのまま溶けてしまいたいとさえ感じてしまう。……何故だろう? 
 とても良い質問だった。
 そこで彼は、ふと愛読している小説の一節を思い出す。
『わからない。良い質問だが答えがない。良い質問にはいつも答えがない』
 抱きしめる力を強め、……いいじゃないか、と彼は思った。
 ……何事も理由が必要ってなわけじゃないんだ。いつもいつも考えすぎた上にどこにも辿り着けないんじゃないか。
 だからせめて今だけは、今だけは何も考えず、胸を打つこの頬の温もりを愛でていよう。きっと、人間なんてその程度の思考で満ち足りる筈なんだよ。多分。
 目に映る空は、余りに綺麗で、そこには誰の介入も許さない強さが佇んでいて。
 彼女も空を見上げた。
 雪は、まだまだこれからだと言わんばかりに、街を白一色に染め上げていた。