そして彼女が寝ているベッドの傍に行き、フローリングに腰を下ろした。
 パンの包装を解いた彼。その余りに大衆的な存在と甘さを噛み締めながら、彼女の方を見遣る。
 それは、多少の寝苦しさを彼に苦痛を以って映し出していたが、彼は、痛みを投げやる訳ではなく、それを事実として受け入れてるだけ。
 ゆっくりとパンを咀嚼しながら、枕元に置いていたタオルで彼女の額、頬、首筋を拭いてやった。
 朝、彼が作ってあげた氷嚢は、まるで逃げ遅れた鼠のように彼女の横で佇んでいる。
 二十分ばかり煙草を吸いつつ眺めた後で、氷嚢を掴みゴミ箱に捨てた後、彼は思い立ったようにキッチンへ行った。
 昼食を作る為である。
 彼は十一時半になろうとしている時刻を無意識に確認すると、直ぐさま調理を始める……のはいい。だが、彼には何を作っていいか分からない。自分が作れるものといえば、だまになった炒飯、必ず途中でスクランブルエッグに様変わりする玉子焼、下がバリバリに焦げるハムエッグぐらいのもの。
 彼は、五分程、詰めろの状況で持ち時間を切らす棋士の様に、額に手を置いて長考を試みたが、何一つ名案は浮かんでこない。
 料理は彼の担当ではないのだ。風呂掃除も、茶碗洗いも、洗濯も。ベッドメイキングすら彼はしていない。
 彼の仕事は、買い物の際に手を引かれ付いていき、重量感のある手提げを無事に家まで送り届けるだけ。何とも楽な仕事……というのも烏滸がましい。
 彼女は、何時も姉の様に振る舞い、そして、同時に妹の様に彼の懐に潜り込むのだ。勿論、現実的な意味合いでの事。
 ……やるだけやるか。
 彼は決心をする。
 だが。