聞こえるのは、エアコンの音のみ。
 それを聞きながら、一口々々彼女の口に運ぶ。
 彼は思う。……風邪だろうか? と。
 この共同生活で、彼等は今まで、一度も病気をしなかった。だが、誰だって風邪を引くし、腹だって痛くなる。誰だって骨も折れるし、誰だって最後には死ぬのだ。
 彼は、ふざけた――本当にふざけている――情念を払いながらただ彼女の壁に掛けた身体に寄り添い、それを一口一口食べさせる。
 この四ヶ月間、毎日が一見何も変わらない日々のように見えるが、ひとつだけ相違点が今の彼等に、寧ろ彼にはあった。
 それは、この前の本屋の一件から。
 前々まで、彼女の一方通行だったスキンシップを、彼の方からもするようになったのだ。
 彼は、自らの傾向でもある無遠慮なまでの遠慮を取り払い、ただただ彼女の傍から離れない。
 ……彼女を守りたい。守るんだ。
 その思いが彼を突き動かし、さながらクイーンを守るジャックの様で。
 それに対して彼女は、少し驚いたようだが、直ぐに倍返しとばかりに応戦。その結果、前にも増して片時も離れない今の状況を目下併進中となる訳だ。
「タマ、美味しい?」
「うん! おいしいぃっ!」
 彼が尋ねると、彼女は赤い顔で頷く。彼は、最後の一口まで綺麗に食べさせ終えると、頭を優しく撫でた。
 彼女の美しい黒髪を一通り愛でたあと、彼は口にする。
「タマ? タマは薄着過ぎだよ? ファッションもいいけど、風邪を引いたら元も子も無いんだ。こうなるんだったら、昨日ちゃんと言っとけば良かった……」
「うん。ガクの言う通り。気をつけるね。しっかし、今年はほんとに冷えるね。うん……、いたた……」
 彼女が頭を抱えたので、彼は肩を抱いてベッドに横にさせる。
「薬はある?」
「あ、さっきの缶に入ってる」
 それを聞いた彼は、さっきの缶に体温計を戻し、目に付いた薬の箱からそれを出した。
 何々製薬とか、そういった類のものだ。