彼は思う。
 絶対になんて言葉は言えない。けれど、なるだけ彼女の傍に居てあげようと。
 この現実が何かと不確かなもので創られているにせよ、彼は悲愴とも言える決意を身に固めていた。常識で考えれば、それは不可能にも思えるのだが、彼の中でもう結論は出ている。彼女が居るのは、とても狭い世界の中。彼女は未だに自分の崩れ掛かった世界から出れないのだ。そして、彼女が出れないなら彼が行くしかない。傍に居よう、その決意の意味。彼は飛び込む事に決めたのだ。最後には、取り巻く環境がたった二人だけになったとしても……だ。
 それは、彼に廃墟となった忘却のエデンを彷彿とさせた。彼等は、その隔離された楽園で何時も離れず、ただ暮らす。そして、何かをその中から生み出すかもしれない。或いは、何も生み出せないかもしれない。
 ……何も生み出せないかもしれない。
 彼は狂気にも似たそれをぐっと噛み締め、左の手で、軽い微笑と共に彼女の頭を優しく撫でた。
 天使の微笑み。
 彼はそれを意識した。
 彼女の闇。性格も明朗快活な様に見えるが、これだけの深淵が見え隠れしている。そして、彼が思う事も、ほんの一部であろう。それは、まるで全てを書こうとしても、誰が、どちらの足から歩き出したすら描けぬ作家の様でもある。
 その闇に彼は足を踏み入れた。
 愛、それを両手で抱えて。
 何時からだろう。此処にもひとつの思いが渦巻く。
 彼は、既に彼女を愛してしまっていたのだ。