彼は、自分からは滅多にしないその手を握り、彼女と共に店を出る。回りを遮断する術をそのぐらいしか思い付かなかったのだ。
「……もういなくなっちゃったかと思った……」
 裏で呟く彼女の声を、彼が聞き逃す筈はない。正しく、比翼の鳥。彼は泣きだしそうな情操を何とか制す。
 ……泣いては駄目だ。
 彼はデパートの一角にある雑踏に彼女を連れていき、腰の落ち着かせられる様な塀に座らせた。
 眼前の彼女は、まだ目をまるで兎の様に真っ赤にして泣きじゃくっている。
「……タマ、ごめんね……。聞こえなかったんだよね? 本を見に行くって……」
 彼は彼女の涙の理由に気付いていた。まさか、ここまでとは思っていなかったとしても。
「ぐすッ……うん。料理の本見てて……。後ろを見たらガクが居なくって……。捜したんだけど見つからなくって……。もしかしたら、愛想を尽かして居なくなっちゃったのかもって……。ぐすッ」
「ねえタマ? 僕は居なくなったりはしない。人は簡単に何処かに行ったりはしないんだよ? タマの気持ちは分かる……と思う。分からない……。僕は大事な人がある日突然居なくなっちゃった事なんてないから。……あれ? 何言ってんだろう僕。わかんなくなっちった。……でも」
 ……これだけは言える。
「僕はタマの傍に居るよ。これだけは自分が言える事実だと思う」
 彼は今、確かに彼女の目の前に居る。それは、太陽は明るいだの、秋には木が紅葉するだのと言った事と同じ。当たり前の事しか彼には言えない。けれど、そういった以外の事を事実として誰が言えようか。
 彼女は立ち上がり、彼を小さな身体で抱きしめた。彼が何処にも行ってしまわない様に。