一般的に見れば異常の一言で収まる彼等の営み。しかし、そんな事すら彼には気付いていない。気付くわけがない。ただただ彼が思うのは、彼女がどこかで泣いてやしないかという事。彼はエスカレーターを一回一回降りながらその洋服売場やら何やらを必死の形相で彼女の影を捜す。
 ……居ない。どこに行ってしまったんだ? くそっ……。タマ……。
 しかし、彼は自分の頭では、自らの存在意義を携えてはいない。ただ、本能とも呼べばいいのか。
 ……タマが何処か暗い所で泣いている……。
 只の妄想とも言える思いは、彼にとっては紛れも無く現実と紙一重の場所にあった。だから、彼は走る。煙草の吸い過ぎで、黒くなった肺を、フル稼働させて彼は走るのだ。
 七階、六階、五階……。彼女は見当たらない。……居ない。何処にいる?
 四階、三階、二階……。幻影すら見えない。……見つからなかったら、家まで走るか……。持つか……?
 そして、一階……。その入口に彼女は居た。彼の紙一重のイメージそのままに。
 彼女はこれでもかという様に身体を屈ませ、内から排出される水と共にただただ鳴咽に浸るばかり。その横には茶髪の男二人組が「どうしたの?」、などと言いながら彼女の狭い肩に手を掛けている。
 彼は憤りを隠さず、同年代と思われる若者を中央から跳ね退け、水の滴る彼女に呟く。
「タマ……」
 と。彼女は即座に顔を上げる。眼前のそれはもう化粧も落ちて、子供の様な幼さを全面に押し出した顔。
 そして、気付けば人だかり。先程の若者もその場から離れようとはしない。彼はどうにもならない哀しみに目を背けそうになりながらも、彼女の肩に手を掛け、こう漏らした。
「……タマ、こっちだ」、と。