「おばさま? また会ったらその時に聞かせてね。ほら? おじ様が待ってるわよ?」
 その婦人は暫く考えを巡らせていたようだったが、彼女がその思考を断ち切る。
「うーん……、何か大事な事だった様な気もするけど、まあいっか。それでは珠美ちゃん、あと、……えぇーっと、……楽人君! また今度ね」
 腰の多少曲がった婦人は、そう言うと、下に置いていたその荷物を掛け声と共に持ち上げる。
「はい! またねおばさま。おじ様にもよろしく!」
「……それでは、失礼します。」
 彼等が返事を返すと、婦人は笑顔で足早に去っていく。彼はその姿を見えなくなるまで眺め、早速彼女に聞いてみた。
「それで、これから予定なんかあったっけ?」
「……ああ! あのおばさま必ず会う度に『御飯を食べてきなさいっ!』て言うの。息子さんも社会人になって家を出ちゃったから、きっと寂しいのよ……。けれど、何だか悪いじゃない?」
「そうなんだ。けど良い人そうだね……。何となくだけど、そう思うよ」
「良い人よ? もっちろん。家が近かったし、小さい頃すっごい可愛がってくれたしね!」
 ……タマさんの小さい頃か。少し見てみたい気もする……。
 彼はそう思うと、今より少し小さい彼女の事を考えたが、上手く思考は纏まらなかった。
 今ですら小さいのだ。
 纏まるはずもない。
 彼は彼女をちらりと見て、そしてまた、もう少しで着くであろう駅を目指して歩いていった。
 一方、先程の婦人はまだ頭を悩ませながら帰り道を上の空で歩いている。
 そして、「あっ!」、と言う一言を放つと、無造作に後ろを振り返ってみた。勿論、彼等は既に居ない。
「あらー! こんな大事な事なのに忘れてたなんて……。歳には勝てないわね。せめて、電話番号くらい聞いておけばよかったわ……」
 その婦人の独り言は、誰にも聞けず、言葉だけがそこをゆらゆらと漂い、そして消えた。