しかし、彼の思案など気にも留める事無く、彼女はタクシーに電話。どうやら、十五分ぐらいで来れるらしい。彼等は少し早かったが外に出て待つ事にした。
 彼が靴を履いて玄関を開けて待っていると、彼女はピンクのパンプスをチョイスした。彼は少し驚いたが、何も言わない事にする。
 好みの問題なのだ。誰がそれを止められると云うのか。
 その後、タクシーが来たので彼等は最寄りの駅に向かう。
 彼は彼女の思い出の山とやらの場所を知らなかったので、彼女に尋ねる。
 すると彼女は、得意の機関銃的早口で彼に告げた。
「あ、場所? 二駅しか離れてないから直ぐに着くよ? 別にタクシーで行ってもいいんだけど、電車で行く方がなんかいいでしょ? 遠足みたいで!!」
「結構近いんだね。けど、実家の近くって言ってたよね? 何でそんなに近いのに一人暮らしをしてるの?」
 彼女はそれについて少し考えたようだったが、「したかったからよ?」、とだけ答えた。幾分の陰りを窓の外に放っていたが、彼には気付けなかった。横を向かれれば表情等分からない。
 彼は納得したように頷くと、膝の上に置かれているバスケットに目を遣った。
 彼女が朝早く起きて作ったのであろう、それはかなりの重量感。作ったサンドイッチの残りを家を出る前に戴いたのだが、とても旨かった。
 ……あの不思議な甘み。あれは一体?
 そんな事を思いながら、道路の脇の街路樹を見ていると、もう木々達は真っ赤に染め上げられていた。「すっかり秋だな」、そう呟く彼を他所に、タクシーは駅へと法定速度で走っていく。