彼はシャワーを浴びながらそんな事を考えていたが、そんな事を考えても何処にも行き着く訳ではない。彼は直ぐに掘り起こされるであろうそれを胸の内に追いやった。
 彼は何も考えられないように手早く頭を洗い、そして身体を洗うのもそこそこに風呂を出た。彼は風呂に入るのはあまり好きではない。彼は表面的には出さないものの実に色々なものが好きに馴れないのだ。彼は独りっ子。スポイルされすぎて要るのかも知れない。
 彼は数少ない衣類の内からそのひとつを着ると、居間に向かった。
 そして、またか、と思う。
 彼女はどんな場所でも関係なく着替えようとするので、彼はその度に目線を何処かに飛ばさなければいけないのだ。
 彼はそれについて彼女に文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、結局言葉には出さない。彼だってそれに拠る恩恵は授かっているのだ。冷静に考えれば、彼女が文句を言うのは解るが、彼が文句を言うのは筋違いというような気がする。
 そして、着替えが終わったことをチラリと確認し彼女を眺めると、やはり彼女は黒い服を来ていた。今日は漆黒の艶々とした可愛らしいワンピース。胸元に網状の模様があしらってあるそれは彼女に良く似合った。
 しかし、若干スカートが短すぎる気がしたので、彼女にその旨を言ったが、彼女は「靴下があるからいいのよ」とだけ口にした。
「……よし! これで完璧ね! 私かーわいい!」
 彼女は膝まである黒い靴下をまくしあげると、腰に手を当ててポーズをしている。それで彼女の姿は完璧に黒一色になった。
 彼はぼーっとそれに見惚れていたが、何故黒ばかり? と考えてみる。
 流石に下着までは全部黒とは言えないみたいだが、――見た訳じゃない、見えてしまっただけ。弁解しておく――あまりにも黒の服を多用している。
 彼は彼女の姿を隈なく見て、……まるで喪服のようだな、と思った。