――求めている時には手に入らなくて、忘れている時にこそ、それはやってくる――



「……はッ!」
「あ、起きた? お早うガク」
「……今日もいつも通りかい?」
「うん……今日もうなされてたわ……一体なんでなんだろうね……」
 彼女は不安そうに言った。もう慣れたもの。
 ……もう何気に一ヶ月だもんな。
 彼が呆けていると、気を取り直した彼女が口を開く。
「よし! じゃあ準備してね! お弁当はもう作ってあるから」
「うん。そうだね」
「やーまやーまルルルルルー!」
 そう。今日は彼が延ばしに延ばしていた彼女の思い出の山に行く日なのだ。
「じゃあシャワー浴びてくるね」
 彼はいつもの様に風呂場に向かっていく。これももう日課。うなされて嫌な汗をかく為、毎朝シャワーを浴びなければいけない。
「いってらっしゃーい!」
 彼女は笑顔でそれを言った後、化粧に取り掛かっている。
 彼等の共に過ごした一ヶ月は、ほぼ毎日同じ事の繰り返しだった。彼等は朝に起きて朝食を食べ、昼には仲良く買い物やランチを楽しみ、夜にはビールや焼酎を飲み、彼女が作った夕食を食べて、眠くなると眠る。
 彼等はいつも狭いベッドでふたり寄り添うように寝ていたが、不思議とセックスはおろか、キスさえしてはいなかった。
 彼は何故か彼女に手を出すことは出来なかったし、彼女に至ってはそんな事はどうでも良かったのだろう。
 彼と彼女は、大概に於いてこれだけ一緒に居れば、喧嘩のひとつも起こるものなのだろうが、とても仲良く暮らしているように見えた。多分波長が合ったのだろうと。
 この頃彼は常に思っていた。彼女は自分によくしてくれるし、それはとても嬉しく思える。けれど、彼等はずっと一緒に居たのだ。彼には彼女の友達も見たことがないし、少なくとも自分が居るときには携帯電話は一度として鳴ることはなかった。
 ……それならば、彼女は自分と出会うまで一体どうしてたのだろう?