「それで、山にはいつ行こうかしらバストス。あ、わたくしは近いうちがよくてよ。それについて、貴方の見解を聞かせてくださいな」
 帰り道の一ページ。彼女は演技か冗談かはたまた大真面目なのかは分からないが、喫茶店を出てからずっとこんな調子。しかも彼女は確実に何かを履き違えている。ある種の純粋性は、人を時として間違った方向に向かわせるらしい。
「タマさん……もういいから普通に喋ってくれないかな。その口調はどっとくる」
「あらそうかしら……じゃ無くて、山に早く行こう! 楽しいんだから!」
 やたらと山々言っているが、彼にはどうしても彼女がアウトドア派には見えなかった。
 何故か? と問われれば、それは彼女の姿を見れば一目瞭然だった。
 まず第一に、細い身体。……胸以外。
 第二に、今日の彼女の服装。彼女の格好は昨日と同じで黒一色に染められている。パンクにも見えるその姿に、山などはどうしても似合わないのだ。そして最早、靴は、踵すら無いロンドンの有名なメーカーのもの。七十年代に一世を風靡したパンクバンドをそのメーカーがプロデュースしたと聞いた事がある。
「しかしよくそんな踵のない靴で歩けるよね。まさかそれで山とか行く訳じゃないよね?」
「まっさかー。こんなんじゃ行けないよー! 帰る頃には傷だらけだよ。ねえねえ。いつ行くー?」
「いや、僕は……」
「ねえねえ、いつ行くー?」
「いや、だか「ねえねえ」
「……。うん、そうだなっと言ってもまだ完全に紅葉してる訳じゃ無いし、もう少ししたらで良いんじゃない?」
 こんな話をしている中で、結局彼は妥協した。彼は根っからのインドア派なのだ。しかし、ずっとこんな案配で質問されていたらそれこそ身が持たないのは明白。
 それを聞いた彼女は何故か目をキラキラと輝かせて、嬉しそうに足元の石を蹴っ飛ばそうとしている。
 そして、それによって転びそうになる彼女を彼は慌てて抱えるのだ。
「どっとくる……」
 呟きは誰にも聞こえない。