けれど、確かに彼女の言うことは一理あった。一日一日の違いはさほどでも無いにせよ、現実的に見ても暦的に見ても、それは秋だった。
 彼の目の前に写るガラス越しの樹木達は、赤く見えないこともない。紅葉は始まっているのだ。
 そんな事を考えていた為、灰皿に置いていたそれは、今や只の消し炭に成り果てようとしている。
 それを見た彼女が、「煙草!」と言ったお陰だ。やっとまた彼は現実に帰ってこれた。「やれやれ」彼は悪態をつく。秋について考えると止まらない。
 彼がその煙草を幾分念入りに消していると、彼女はまた話し出す。
「秋って良いよね……ん? ガクもそう思ってたんでしょ? ……ねえ、今度二人で山に行かない? 昔住んでたところの近くなんだけど、紅葉がすっごく綺麗なんだから!」
「……うーん」
 彼は適当に言ったが、正直に言えば行きたくはない。しかしそれとは別にふと誰にでも思い付く疑問が過ぎった為、率直に彼女に聞いてみた。
「そういえば、タマさん、今日は仕事休みだったの? っていうか、何の仕事してるの? それか、もしかして大学生?」
 そう。彼は彼女についてまだ何も知らない。彼が彼女について知ってることは、名前と、家と、料理が上手いらしいのと、煙草を旨そうに吸うことぐらいなのだ。他には何も思い付けそうにない。
 そんな事を思いながら返答を待っていた彼だったが、誰がこんな答えを予知できるだろうか。
「働いてないよ。大学生でもないし」
「……?」
 彼は、初めその言葉が生み出す意味を掴みきれなかったが、問いただしてみる。
「えっ、じゃあプーって言う事? えっ? じゃあ家賃とかはどうしてるの? 仕送りとか?」
「うーんと……ほ……じゃなくて、あ! あれよ! 私は大金持ちの隠し子なのよ! それで人知れずあそこで暮らしてるって訳! だからお金については心配要らないのよ。うふふ。どう? びっくりした?」
 誰がどう見たって嘘である。彼女のアパートはどう見積もっても瀟洒には見えないのだ。彼が観察していると、彼女はしてやったりといった表情で見るからに甘そうなそれを優雅に啜っている。薄幸のお嬢様にでも見せたいのであろうが、残念ながらそれも全然そうは見えない。