「……です。お乗り換えの際は……」
 駅員の場内アナウンスで目が覚める。
 彼はぼーっととした頭で横を見てみると、当たり前の事だがもう先程の母娘はいない。正直、夢と現実の区別があまりつかなかったが、とりあえずここがこの列車の終着駅なのだろう。
 リュックを背負ってホームに出ると、中学の頃、親からお金をせびっては、友達と遊びに来ていた街が駅前に拡がっていた。
 顔に寝汗をかいていた彼は、顔を洗わなければと、構内への階段を駆け足で上る。また、嫌な夢に違いない。
 階段を上った後で、直ぐに目に付いたトイレ。一目散に入り、鏡の前に立つ。
 善く善く見ると、目の下に涙の零れた後があった。どうやら寝てた時についたものらしい。 
 早速自分の不甲斐無さに腹が立ちそうになった彼は、その後、思い立ったようにトイレの洗面台で、顔を、たっぷりの水で以て洗った。
 溜め息混じりに、ポケットのハンカチで顔を拭うと、彼はもう一度鏡の中の自分を眺める。そこには何時もと代わり映えのしない自分が映っていた。
 もう涙の後もついていない。彼は無駄に大きい鏡を凝視すると、試しに思いっきり口を開けて笑顔に擬態してみる。当たり前の事だが、鏡の中の自分も平淡な表情で、薄っぺらの冷笑。
 納得がいかないのだ。
 彼はさっと無表情になると、愚痴るような声で呟く。
「これじゃさっきの娘の十分の一の魅力にも満たって無いぞ……楽人」
 そう一人ごちると、今度は素直に笑みが出たが、その笑顔は初めに作った笑みよりはマシな気がした。
「よしっ!」
 彼はそれだけを言ってトイレを出る。