そして、
「ご馳走様でした」
「お粗末様!」
 あっと言う間である。
 彼は朝食を食べ終わると、コーヒーを飲みながらベッドの上に座った。
 彼女は食器を持って行き、早速台所で洗っている。この1Kのアパートは概ねの所がそうであるように対面キッチンだった。
 そんな訳で彼からは彼女の姿がよく見える。
 ……新婚生活ってこんな感じだろうか? そんな事を考えていた彼だったが、慌てて頭を振り、その妄想を切り裂く。
 ……いつまでも彼女に迷惑をかけているわけにも行かないだろう?
 確かにその通りだった。いつまでもここに居る訳にはいかない。しかも出来るだけ早く。何故なら、自分は彼女を意識しだしている。これが一番の問題なのだ。
 このまま居れば間違いなく自分は彼女の事を好きになってしまうだろう。今だって彼女の底知れぬ魅力に参ってしまいそうなのに。鉄は熱い内に打つべきなのだ。しかし……。
 彼が相反する考えに脳味噌を捏ねくり廻されていると、洗い物を終えた彼女が彼の横に座った。
「お昼ご飯はどうしようか? とりあえずお米は炊いたけど何だったら食べに行ってもいいし。あ、この前美味しいパスタ屋さん見つけたの! お昼はそこに行ってみる?」
 彼女はそう言ったが、彼は俯いたままだった。
「……? どうしたのガク?」
「珠美さん……」
「ん? タマでいいよ? 猫みたいで可愛いでしょ? わたし……」
「……じゃあ、タマちゃ……さん」
 今度は流石に彼女も沈黙で返す。
「タマさん、こう見えても僕も大人です。昨日もお世話になりました。今日だって美味しい朝食を食べさせてもらいました。これ以上お世話になるわけには行きません。いま……」
「うん、ガクの言いたいことは分かった。……私に迷惑を掛けてるって言いたいんだよね?」
 彼女は彼の言葉に分け入ると、彼の方に向き直る。
 ……怒ってしまったのかも知れないな。
 彼は思う。そう、それは、彼には短い人生ではあるにせよ、今までに見たことのない種類の表情だったのだ。