「寝ちゃったのか……」
 彼は目を開けると、溜め息混じりにそう呟いていた。
 腕を力無く伸ばし、時計を見て時間を確認してみる。
 四時半。
 彼はもう少し寝ようと、体の向きを逆にしようとして、文字通り跳び上がり、危うくベッドから落ちそうになってしまう。
 そこには眠っている彼女が居た。彼等はシングルベッドに並んで寝ていたのだ。
「……え、えぇーッ?」
 彼は何故か自分の服を確かめるようにパタパタと叩くと、少し安堵した。
 どうやら服は着ているらしい。
 彼女はすやすやと寝息を立てている。どうやら夢でも見ているのか。
「……ゴクッ」
 彼は彼女の顔を眺めると、改めて綺麗な娘だと思った。彼女はもう化粧を落としていたが、それによって彼女の魅力が損なわれるような事は何一つない。
 むしろ、洗練されたようにも思える。
 健全な男子だったら確実に襲っているだろうが、何故だろう? 彼には何故かそういう風には出来なかった。ある意味では寝てる時の彼女は完全に神格化していた。そしてそれは、手を触れるのも躊躇われるような強烈な何かだった。それは彼にも説明できない。
 いや、誰にも説明できない。
 彼にはふと眠れる森の美女というフレーズが頭に過ぎったが、それに関するイメージは何一つ浮かんでこなかった。
 当然の事である。彼にはその作品の、題名しか知らなかったのだ。
 ……林檎は……シンデレラ? 馬車は……?
 彼が漠然とそのイメージを勝手に作り出そうとしていると、彼女が急にもそもそと動き出し、何かを話し出した。
 どうやら寝言らしい。彼がその言葉に耳を傾けてみると、彼女は言った。
「……う誰も……ったいに……たさないんだから……」
 ……もうだれもぜったいにわたさないんだから? 
 彼はその言葉について考えてみたが、勿論答えなんて出る筈がない。
 彼はその言葉と共に流れた涙を必死の思いで拭くと、さっさと目を閉じる。それと同時に、彼の心は深い眠りへと導かれていった。