「二千二百八十円になりますね」
 深夜の為か、割高になったタクシー代を彼女が払うと、彼等はほろ酔い加減でタクシーを降りる。
 そして、着いたその先を見遣ると、それは閑静な住宅街の一角にあった。何処にでもあるような二階建てのアパート。
 タクシーで十五分ぐらいで着いたので、意外にも繁華街からはそれほど離れてもいない様にも見えるが、あくまで推測。彼には車で十五分という距離感が掴めない。彼は免許など持っていないのだ。
「ここよ。私の家。散らかってるかもだけど、あんまり気にしないでね?」
 彼が口を開けてそのアパートを眺めていると、彼女は恥ずかしそうに釘を刺した。
「うん……大丈夫です……」
 彼はそう言うだけで精一杯だった。手からは汗が滲んでいる。
 やっと何時間か話したお陰で、少しずつ敬語が抜けて来ていた彼だったが、たちまちに得も知れぬ忸怩で逆戻りしてしまった。
 そもそも女の人の家に行くなんて、彼には初めての経験だったのだ。
 まだ高校生だった頃には、告白されて付き合う事もあった彼だったのだが。
 しかし、元来の性格が奥手な彼が彼女の家に行くなんて、まるで桶狭間に攻め行く信長のように、無理と難題に埋め尽くされている様である。
「何ポーッとしてるの。何だか恥ずかしいね。こっち。来て」
「…………」
 彼女はまだ現実に戻り切れてない彼を引っ張ると、一階の奥の玄関に真っすぐに歩いて行った。
 彼女は事もなくバッグから鍵を取り出すと、素早くその扉を開ける。
 そして、手を繋いだまま彼等はまだ電気の点いていない暗い部屋へ入っていった。