とても旨いビールであった。彼はすぐさま店員を呼ぶと、おかわりを注文する。
「早いね飲むの。負けちゃうかも……」、などと云いながら、彼女もペロリと飲み、次を注文。そして、
「……それで、何で家を出て来ちゃったの?」
 彼女は、二杯目のビールと共にやってきた焼鳥の盛り合わせを物色しながら、事もなく本題を切り出した。
「……えぇーっと、それはあのぉーっ……」
 予想は付いていたが、彼は口ごもり、その返答にとても迷うことになった。何故なら理由は自分の深層心理の中にあり、それを言葉に具現化するには相当骨が折れる。
 そもそも話したところで、分かってもらえるような内容でもないのだ。
「自分自身の問題なんです……」
 彼はそれだけを言うと、ビールに口を付けた。
 何故だかは分からないが、喉が乾いていた。飲めば飲むほど乾いていくようにも思える。彼は今だったら樽一杯でも飲めるような気がしたが、それは勿論不可能だった。リアリティに欠けているし、この腹に到底入るとは思えない。
 彼が下らない妄想に華を咲かしていると、彼女は呆れてでもしまったのだろうか、黙って彼の皿を取り、焼鳥を乗っけて彼に渡した。
「ありがとう」
 彼がそう言うと、彼女は少し笑って焼鳥を摘みだす。彼女は暫くその串を眺めていたが、その姿は何かを考えているように見えた。勿論、何も考えてないのかも知れないけれど。
 彼女はふと彼の方を見ると、また淡々と、しかし矢継ぎ早に質問を投げ掛けた。
「行く宛はあるの? 泊まるところは? 今日は? 今日はどうするつもりだったの?」
「正直に言って行く宛はありません。突発的に家を飛び出しましたから……今日はマンガ喫茶にでも泊まろうと思っていました」
 彼はそう言うと彼女の瞳を見た。彼女は空虚な瞳を、彼の瞳に写していた。
 同情と悲哀を合わせて二で割ったような、何とも言えない眼差し。
 彼は少し悲しくなり、まだ半分ほど入っていたビールを、一息で飲むことに専念する。