「どちらに向かってるんですか?」
 繁華街をたちまちに抜けてしまい、どこに向かっているのか不安になってきた。彼が消え入りそうな声で話し掛けると、彼女は彼の方に振り返り楽しそうに漏らす。
 因みに彼女の身長は小さく、(百五十センチぐらいだろうか?)自分の足を何度も目の前のかもしかの様なそれに引っ掛けそうになる。
「ふふふ。見てからのお楽しみ!」
 語尾に音符が付いているような口ぶりに少しばかり安心していると、不意に彼女が立ち止まった。
 彼女の背中に当たりそうになるのを何とか避けて彼女の目線の先を見ると、――手はまだ繋いだままなのだ、そこにはチェーン店の居酒屋が立ち尽くしていた。
「ジャンジャジャーン! こちらでーす!」
「…………」
 暫く唖然としていた彼を引っ張って、彼女はまるで中世の機甲師団のようにその城……店に突撃していく。
 チラッと見た時計の針は、ちょうど午後十時をピタリ。
「いらっしゃいませ」
 店員が出迎え、そう言うのと同時に、彼女は「二名で!」、と明るい口調で言う。
 彼女は大体にしてはっきりした明るい口調だった。そして声が大きい。大声が流行ってるのかとも思ったが、そんな話は聞いていない。
 そして彼女と手はもう離れている。少し残念だったが、それは彼だけの秘密だ。
 靴を脱ぎ、ロッカーに閉まった後、奥に通されたのだが、その部屋は二畳分ぐらいの間隔で、ひとつひとつが仕切られている個室だった。
 お通しを持ってこようとする店員に彼女がビールをふたつ注文すると、店員は彼の方を一瞥したが、直ぐさま「はーい。只今お持ちしますね」と営業用スマイルで放ち、その場を後にする。
 ……ばれなかったか、と背負っていたリュックを横に置きながら内心冷や冷やしていた彼に、彼女は胸を張って言った。
「さあ! このお姉さんに何でも相談してね! あ、ところでビール飲めた? ジュースの方がよかったかな?」
 またもや子供扱いである。彼はそれに対して苦笑いを浮かべると、実に曖昧に返事をする。