彼はその笑いを何とかしどろもどろに抑えると、何時の間にか、彼女に好感が持てている自分に気が付く。
 少なくとも、悪い人間では無い。それどころか、赤の他人の自分を心配して声を掛けて来てくれたのだ。
 少し人見知りのするきらいのある彼だったが、彼女の、特に笑顔には好感を持てた。だが、
「心配してくれてありがとう。確かに家出みたいな物だけど、大丈夫だから」
 彼はそう答えた。少し名残惜しかったが、だからと言って素知らぬ人まで巻き込むには気が引けてしまう。
 そもそも、こんな事に人を巻き込んではいけないのだ。
「うーん、……よし!」
 彼女は、少しその小さな体を曲げて何かを考えているそぶりをしたが、その掛け声的なものと同時に椅子から立ち上がり、そして差し出すのは、真っ白且つ、華奢な手。
「……?」
 彼は彼女のさりげないその動きに混乱させられたが、それはどうやら別れの握手の様に見えるので、その手を握り返し、もう一度お礼を言おうとする。
 しかし、「わっ!」彼女が引っ張ったのだ。
 その拍子で、微かにバランスを崩して立った彼。目の前の小柄な彼女ははっきりと、そして、短く口にした。
「いくよ!」
「ちょっ。……えっ! えぇーッ!!!」
 彼女は、手を繋いだまま入口までゆっくり歩き出す。彼は、反射的にゲームの上に置いてあった煙草を手に取ると、華奢な彼女の後ろ姿を見ながら意味が分からないと言った面持ちで付いていった。
 頭など働く訳がない。
 彼の思考が混乱するほどの不思議な出会いではあったが、いずれにしてもそれが彼と彼女の初めての出会いだった。