「あ……いや、うん……」
 彼は第一声と同時にどことなく狼狽していた。
 目の前に立っていたのは、若い女だった。
「だーかーらー、聞いてる? なーにーしーてーるーのー? って聞いてるの」
 よく状況が掴めなかったが、眼前の女性に質問されているのは自分だ。取り敢えず、質問に答えなければいけない。
「あのう、……すッ、座ってます」
 彼がそう言うと、彼女はわざとよろけるような仕草をして、おもむろに彼の隣の空いてる椅子に腰掛ける。
「まあいいか。あ、一本ちょうだい?」
 言うのが先か、動いたのが先か、彼女は彼がゲームの上に置いていた煙草を掴むと、一緒に置いていたライターでそのうちの一本に火を点けた。
 彼は急に現れ、横で煙草を吸う彼女に唖然としながらも、何気なく観察してみる。
 彼が一番始めに目を付けたそれは、煙草の吸い方。
 彼女は、実に旨そうに煙草を吸うのだ。
 世界で一番旨そうに吸うのではないか、彼はふと思ってみるが、もちろんそんな事は誰にも知り得ないことだった。
「た、煙草吸うんですか?」
 素直にそう言葉が出た後、彼は彼女から煙草を受け取ると、自らもそのうちの一本を取って火を点ける。
「うん、たまにね。知ってる? これってたまに吸うととっても美味しいんだよ?」
 そう言うと、彼女は笑顔をこちらに向けた。
 彼は昼間電車で笑顔を無料売りしてくれた少女を思い出したが、そんなのは一発で何処かに吹き飛んでいってしまう。
 目ではない、彼はそう思っていたのだ。