彼等は、暫く抱き合った後、どちらからともなく離れる。
 彼は、「うん」、と無意味に呟くと、これまたぐしゃぐしゃの顔を拭いもせず、ポケットに入っていた煙草の一本に火を点ける。
 目を合わせた刹那、彼女の「えへへ。一服ちょうだい」、の台詞。
 彼は、愛しさを噛み締めつつ、煙草とライターを取り出して差し出した。
 だが、「それがいい!」、彼女が指を差すのは、「え、これ?」、彼がくわえている煙草である。
 彼がそれをおずおずと渡すと、彼女は何故だかはにかみながら、「初めてのキス」、といい、可憐に頬を真っ赤に染めてその煙草に口付けをする。
 ……ああ。
 彼は思ったが、照れながら同意した後、もう一度抱擁した。
 抱きしめずには居られなかったのだ。
 彼女の手から零れ落ちた煙草は、敷き詰められた花びらの上で、何時までもくすぶっている。
 まるで、別離を嫌がる駄々っ子のように……。