「うーん、あれ。ガク、起きてたの?」
 彼女が目を覚ます。
 時刻は九時。
 彼は、「お早う、タマ」、と云うと、立ち上がり背伸びをした。涙は、いつの間にやら枯渇している。
「昨日は大丈夫だった? 急に気を失ったみたいだったから、驚いちゃった。具合は悪くない?」
 彼女の問いに、首だけで返すと、何度も反芻していた一言を放つ。
「タマ、話があるんだ」
「え、何? もしかして昨日のこと? ごめんね、私……」
「違うよ」、と遮り、彼は続ける。
「タマ、僕は家に帰ろうと思うんだ。僕は、責任を取らなきゃいけないみたいなんだよ。気付かない振りしてたんだ。でも、駄目だった。僕は許しても、僕が許してくれなかったんだ。意味は分からないだろうけど、もう決めたんだ。あと、これ……」
 彼は、ポケットから例の手紙を出して、呆然としている彼女に渡す。
「な、に」
 彼女は、何度かその紙に視線を走らせた後、布団を蹴飛ばしてベッドに立ち上がり、彼を潤みだしている大きな瞳で一瞥、そのままベッドを飛び降り、一目散に走り出した。
「えっ。ちょっ。タマ!」
 一瞬呆気に取られた彼も、一呼吸後に彼女を追いかける。彼女は、昨日の夜に着ていた黒のチェニックを翻してすぐさま靴を履き、玄関を飛び出した。彼も、ただ追いかける。
 彼女は、隣接した道路を向こう岸に渡ると、桜公園に入っていく。
 狭い園内をひたすら逃げる彼女。
 しかし、少しばかり彼の足の方が速い。
 彼はやっと追いつき、彼女の手首を掴むことに成功、尚も振り払おうとする彼女を身体ごと抱きしめる。