明け方、彼は目を覚ました。
 夢の記憶は、昨日までとは違い、須く彼の脳裏に叩き込まれている。
 ふと、隣をみやると、やはり彼女が彼の腕を絡み取りながら、すやすやと寝息をたてているようである。
 フローリングの感触。
 彼は彼女を抱きかかえてベッドに寝かせると、トイレに向かう。昨日は、どうやらビールを飲み過ぎたらしい。
 彼が、居間から玄関への扉を開けて、左手にあるドアに手を掛けようとした時。何かが、郵便物入れに挟まっているのが目に入ってきた。
 想像は付いたが、徐に取り、半分に折られた紙を広げる。
 それは、園絵からの手紙であった。
 夜の寒空の中書いたのであろう、文字は所々崩れ、更に目を引いたのは、紙が濡れた時になる、あの特有の、ざらっとした手触り。
 只でさえ乱れている文字は、その水滴によって見るも無惨な姿。勿論だが、昨日の夜は、雲ひとつ無い満点の星空。下弦の月が、密やかに大地を讃えていたはずである。
 そして、内容は、もはや、見るに及ばない程の、悲哀。自虐。虚栄。そして、愛していますという最後の区切り。
 彼は、手紙を持ったまま玄関に腰を下ろし、玄関の上にある天窓を見上げる。
「母は泣いているよ」、先程に言われたその言葉が、眼前の手紙と重なり、やがて少しずつ明けていく空を、彼は激しく憎んだ。
 ……何時までも、明けなければ良いのに。そうすれば、こんなにも辛い決断を先延ばしに出来るかも知れないのに……。
 しかし、鮮やかな朝日をどれだけ恨んだ所で、最早彼の気持ちは決まっている。彼の性格、傾向が故に決まってしまっている。
 負には、負で以てしか生きられない、人間の弱さの所為であった。