「全く意味が分からないよ。ぜんっぜん。第一、彼らが無理難題を言うからだよ」
 そうだ。彼等が無理難題を云うから……。
「逃げたんだろう?」
 部屋が、一瞬明るくなる。稲光によって、瞬間的に明るくなるような、そんな感覚。
 その間隙に、僕は、何かの顔を見た。いや、見てしまった。
 眼前に座っていたのは、紛れもない、僕だった。
「ねえ、幸せの青い鳥、という話を知っているかい?」
 目の前の僕が、話し掛ける。
「ああ、知っているよ」
 僕は答える。
「ならば、分かっている筈だ。君は、何か、幸せ、呼び名は何でもいいんだが、物事の本質を何ひとつ分かっていない事に。嫌な事ばかりを逃げ出してきたんだ、君は。そこに気付かなければいけないんだ。一週間、記憶が無いまま知らない街にいた? 馬鹿を云わないでくれ。君が、自分の意志でそこに行ったんだよ。そこが、君の弱いところさ」
 そんな馬鹿な。だって、僕は確かに。
「確かになんて言葉は存在しない」、「僕」が言う。
「誤りがまだ認められないのかい」、「僕」が言う。
「僕が、逃げた?」、「僕」が言う。
「そうさ。忘れてるだけなんだよ。嫌な事は、思ったより早く、忘れてしまう。ただ、君の場合は顕著なんだ。そこが」、「僕」が言う。
「みんな泣いているんだ。僕も、泣かなければならない」、「僕」は、泣いた。気付けば、みな「僕」の周りにいた。父、母、友達。皆、「僕」を見て泣いていた。
「君は、誰だい」、「僕」は、訊く。
「僕は、僕さ」、「僕」は、言う。
「けれど、あまりもう来られそうに無いんだ。深層心理の行き着く所は自我崩壊に他ならない。ドッペルゲンガーなんて面白い言葉もあるみたいだし」
「もう会えないのかい?」
「そう言ってくれるだけで十分だ。自分が自分に嫌われるのは嫌なもんだぜ。君も、一度経験してみれば分かるよ」
「いくの?」
「うん、じゃあね」