☆ ☆ ☆
 過去その九
「おい、楽人。起きているのか?」
 父の声で目が覚める。
「ああ、うん」
 掠れた声で彼は言った。酷く胃が痛かった。多分、昼間に食べたコンビニ弁当の所為だろう。
「下りてきなさい。話がある」
「うん。分かった」
 父が部屋から出て行く。彼も、時計を確認した後、ふらっと部屋を出て居間に向かう。時刻は八時である。
 たどたどしい足取りで一階に下り、洗面台で顔を洗い、居間に辿り着いたその先には、昼間弁当を食べたソファーに父と母が並んで座っていた。
 彼も向かいのソファーに座り、前屈みになって一息つく。
「楽人? 大丈夫? 体調が悪そうよ?」
 母の声に「大丈夫」、とだけ返すと、眼前の父を見上げる。
 父は、未だ仕事着のまま、短い髪を掻き分け、真一文字の口を徐に開いた。
「一週間、どこに行っていたんだ?」
 当然の質問である。彼は、幾度となく病院で母に尋ねられていたが、上手い言葉も見つからなく、黙りを決め込んでいた。
「いや……」
 彼は、口ごもった。説明など出来よう筈が無い。気付いたら知らない街にいたと言えば良いのか? 分からない。
「何をやっていたのかぐらい答えられるだろう。それとも、親にも言えないような事をやっていたのか?」
「いや……」、彼はまた繰り返した。父の表情は、俄かに歪み始めている。怒っているのだ。
「学校の担任から聞いた。楽人、お前失踪する前日、同級生と喧嘩したようじゃないか。それで、嫌になって……」
「いや、そうじゃない」
 ……駄目だ。もう、正直に言おう。
 彼は、ゆっくりと事の経緯、自分が悩んでいる全てを洗いざらい吐く事に決めた。
「実は……」
 彼が一部始終を吐いてしまった後、やはり、場の空気は騒然となった。
 父は、頭を抱え、一言。
「明日、病院に行こう。何か分かるかも知れない。なあ、お前、明日楽人を連れていけ」
「はい」
 母もうなだれながら同意した。



 次の日、いわゆる精神病院に彼は連れて行かれた。原因は不明。意味の分からない錠剤が三種類出た。



 その一週間後、彼の学校に退学届けが出された。
 世間体。狭い街である。異端者、彼はしっかりとその時認識した。
 学生にとっては、一番楽しい、夏。
 誕生日に近い、八月の事であった。