パラドーム

「あら。今から夕飯？　じゃあ私も頂こうかしら」
　彼女の母は、やはりベッドの上に腰を下ろすと、事も無げに言う。彼女はと云うと、どうやら状況がまだ上手く飲み込めてないようで、キッチンと居間を繋ぐ通路で呆然と立ち尽くしていた。
「タマ？　大丈夫」
　彼は、出来るだけ小さな声で囁いたのだが、彼女は我に返ったのか、「大丈夫！」と声を張り上げる。
　そして、彼を引っ張り定位置に座らせると、自らも彼の隣に陣取った。
「何で、急に？」
「あ、私もビールが飲みたい。珠美、一本ちょうだい？」
　彼女の声を遮るようなタイミング。彼女は仕様がなく、冷蔵庫にビールを取りに行く。
　……変な親子。
　彼は思った。余所余所しいこの締め付けられるような空気。彼は、目の前の缶ビールをぐいぐいと飲む。
　彼女が、二本のビールを持ってきて、ムードは葬式かのような陰湿な空気を醸し出してきた。三人とも黙してビールを飲む姿、他の人間が入ってきたら、三十秒と持たずに退席するだろう。
「初めまして、高宮です」
　今更、挨拶も無いと思ったが、ふと思い立ったので、彼は唐突に彼女の母に言った。今飲んでいるビールで、三本目なのだから、少々頭の動きが悪い。
「ああ、初めまして。園絵です。えぇーっと、貴方は彼氏さん？」
「いえ、違います。えぇーっと、何と言ったらいいのか……」
　そう言いながら、隣の彼女をちらりと見やる。
　彼女は、能面のような無と共に、彼の腕を掴み、「大切な人」、と一言呟く。