「はいッ。どちら様ですか?」
 返答が無い。彼女は、閉めていた鍵を無造作に開ける。台所でその様を見ていた彼は、若干心配になりつつも、見守るだけに留まる。
 チェーンを掛けてから、開けろと云っても一切話を訊かないのだから。
「どちらさ……」
 そこで、彼女の声は途切れた。彼も、彼女の視線の先を見やる。
 其処には、髪は茶髪。そして、化粧の派手な女性が彼女をただ、万感の思いで見ている様。
 息も付けていない様子の彼女の元に寄った彼は、ある事実に気づく。そして、目の前の女性が口にするのと、それは同時の事だった。
 茶髪の女性は大きく放つ。「珠美! 会いたかった!」と。
 そう。彼が気付いた事実とは、彼女と女性の正にそっくりとも云える顔の造りだった。
「……お母さん?」
 ようやく口を開く、黒髪の彼女。其れとは、対照的な髪色のお母さんと呼ばれた女性。
「うんっ、うんっ。そうよ。本当に捜したのよ?」
「……なんで?」
 肯定や、否定。いや、返事とすら取れない彼女の呟き。
 彼には、何も動く事が出来ない。
 その、母と呼ばれた麗人は、彼を一瞥すると、すぐさま彼女に言ったのだ。
「取り敢えず、入れてくれる? 立ち話もなんだから」
 彼女と同じ、高らかな声。彼には、何故だか酷く嫌な声に聞こえた。