昨夜走り去った家路を足取り重く進んでいた。
頭の中はあの踏切を越えることのためらいと、思い出したくなかった現実がめまぐるしく交差する。

向かいからは、リードにつながれながら落ち着きがない様子で小さな犬が歩いてくる。
視界ははっきりしていなかったから、犬の種類までは分からなかった。
見えていても、知らない犬種だったかもしれないけど。
狭い歩道でもあったし、あまり動物は得意ではなかったから、段差を降りて歩道からはずれた道にそれてすれ違った。
まったく見えなくなってしまったら、あんなに落ち着きのない犬だったら蹴飛ばしてしまうんじゃないかとぼんやり思う。
いや、まだ生きものならば相手が避けてくれるだろうか。
白い杖をもって、盲目だと知らせて、バスや電車に乗っることが困難になって。
そんなとき他人は助けてくれるのだろうか。
今まで自分勝手に生きてきて、他人に救いをさしのべた事のない自分なんかを。

後ろめたさだけが大きくて、都合のいい自分に嫌気がさした。
自分が何か不自由になる前にしか、他人を気遣うことのできない自分がふがいなさ過ぎて腹立たしい。
そんな人間味の薄い自分を目の当たりにしながら、それでも確実に自宅へと向かっていた。

狭い道へと続く角を曲がれば、嫌でもその奥にある踏切に目がいく。
ちょうどそれが見えた瞬間、鐘の音をならしながら踏切の棒が下りていった。
さすがにそこまで行くのにはためらいがあって、電車が一本通り過ぎるのを小さく見送ってしまう。
このまま立ち止まっていてもキリがない、そう気持ちの整理がついたのは踏切が開いて少したってからだった。
一度喉をならした後に、決意を決めて少しは歩幅を広げて踏切へと歩いていく。

徐々に近づくその場の様子は、不自然なほど何一つ変わった様子がなかった。
まるで昨日の出来事が嘘のように。
しかし、まぎれもなくあれは現実だったのだと、自分の記憶は騒ぎ立てる。