一瞬、ふいに浮かんだのはあの瞳。
目が合った時の、あの瞬間の心臓の高鳴りは今でも忘れられない。
地面が揺れているのかと思うほど、感覚が支配されて、内臓の全部がまるで身体から飛び出そうとしているような激しい衝動を感じ、全身の震えが止まらなくなった。
思い出しただけで、足元が小刻みに上下している。

一体、何を思ったのだろう。
死を覚悟して飛び込み、それまでだと思っていた世界にまた肉体を持たずに舞い戻ったその気持ちは、自分には分かるはずもなかった。
それとも、自分が誰で、なぜここにいるのかも分からないのではないか。
もしくは、自分というものがそこに存在するということすら分からないのかもしれない。

一体、何を思って死を選んだのだろう。

考えても、考えても、その疑問には終わりはなかった。
知っているのは彼女だけ。
もしくは、もう彼女すらわからないかもしれない。
だけど知ったところで自分には何かすることもできなければ、する必要だってないのだ。
それを思えば、本当に不運だったのだと思うしかないのかもしれない。
できればもう彼女の姿を見たくはない。
そう、思った瞬間、少し瞳が揺らいだ。

あぁ、そういえば。
見たくないと願わずとも、もう見ることはなくなるかもしれないのだった。

幽霊だけでなく、この世界ごと。

ひと時でも、その事実を忘れさせてくれたことを、感謝せずにいられなかった。
どうせなら彼女の死が自分だったらいいのにと、そんなことすら思えた。
不気味なほどに自分の思考が真っ黒に変わっていって、病院を出た後の絶望的な気持ちが蘇ってくるのを感じる。

結局は、すべてが逆戻り。
どれだけ考えても手術の決断にまで至ることはないまま、いつしか辺りはうっすら明るさをとり戻しつつあった。
滑り台が反射して、まぶしいと気付いて顔を上げた時には、もう短い針が斜め左に動いていた。