痛みなんて、ほんの一瞬だった。
気づいたときにはもう意識も身体も手放したあとだったから。
死にたいだなんて簡単に言って、どうせ実行する一歩手前で怖じ気ずくのかと思っていたのに、走り出した瞬間、思い出したくもない記憶が蘇ってその足は止まらず線路の中に入っていた。

後悔は、しないと思った。
未練のある過去もなければ、明るい未来を想像することもできなかったから。

このまま無になりたい。

そう思ったのに、一呼吸ついて自分の存在に気づいた。
電車の明かりが照らして踏切がおとす影を、透けた足越しに見ていた。
感覚がなく、自分のものかすらわからない手のひらをみつめて、必死で現状を知ろうとしたけど、疑問は堂々巡りするだけ。

電車のそばに散らばるのが自分だと認識するまで少しかかり、自分は無にはなれなかったということもその後また少しかかった。
肉体を失っただけで思考は生きている、つまりまだあの絶望を結局はぬぐいきれないということ。

後悔はしない、その気持ちはあくまで無になることに対して。
無にならない今の自分は、後悔というより絶望という言葉がぴったりあっていた。
理解が、めまぐるしく知らされる事実についていかない。

困惑する、そんな中。
顔をあげた先に彼がいた。

絡んだ視線は気のせいではない。
走り去ったその背中をみながら、簡単に受け入れられない自分の現状に、何かを与えてくれる予感だけを感じたのだった。