長い髪が、揺れた。

お互いの視線が絡み合うと、彼女の表情には驚きが見えた。
自分も、きっと同じような表情を返していただろう。

力強い瞳。
ふっくらとした唇。
整った顔つき。
華奢な身体。
ひとつひとつ確認するように、彼女の全てを瞳だけで追う。

彼女から視線をそらすことはできなかった。
全身に沸きたつ感情は、きっと気のせいではない。
現実味のない出来事で気が狂ったのだとしても、彼女と目を合わせた瞬間まず浮かんだ言葉は一つだった。

綺麗だ、と。
ただその一言。

幽霊なんて信じていなかったし、今まで縁のない存在だった。
だけど今、目の前にいる彼女がこの世に居ないのは紛れもない事実。
それと直面した自分の現状に理解が追いついてはいなかった。
どうやらそれは、彼女も同じようだ。
彼女の瞳から、驚きと戸惑いの色が見え隠れする。

ふいに、遠くから救急車のサイレンの音が耳に届いてはっとした。
夜の静寂には、その音はよく響く。

その音に急速に我に返って、現実の恐ろしさが体中に戻ってくると、気付けば身を翻して、線路から走り去っていた。
彼女が何か言おうとしたのか口を開いたのが見えたが、幽霊という信じてもいなかった存在の不気味さに脅えてそれどころではない。
底知れぬ恐怖の中を無我夢中で走り続けることが精一杯だった。
あの一瞬の想いは、その場に置き去りにするように。
ただただ真っ白な思考の中で、ゆがんだ視界の中を延々と。

限界がきて足を絡ませたときには、膝が地面についていた。
そこがどこかだなんて問題ではなかった。
少しの膝の痛みと、動揺しかない。
相変わらず電灯の光はぼやけていたけど、病院から出た時に感じていた絶望感なんて、覚えてはいなかった。