カンカンカンカン‥‥。
踏み切りを目の前にして乾いた音が鳴り響いた。
走れば間に合う距離だったがそんな気力があるわけもなく、降りてくる黄と黒の棒をただ見つめるだけ。
ふと、目の前に人影があるのに気付いた。
踏み切りの上下に動く光が、風になびいた長い髪に映る。

先にあるのは数少ない住宅、そのためこの通りで人と出会うのは珍しかった。
彼女の髪があまりに綺麗で、流れるように揺れる後姿を見つめる。
薄いシフォンのワンピースには、ピンとした背筋がうっすらと浮かんでいて、袖から見える細くて白い腕が、その繊細な生地の柄をより一層引き立てているように思えた。
だからといって何を思うわけでもなかったが、なぜだか自分は目を離せない。
そんなはっきりとしない視界と意識の中に自分はいた。

線路の擦れる音が聞こえる。
うっすらとした光が、近づくにつれて明るさを増した。
鐘と、電車の重たい音。
そのうるさい音が自分を包み、地面が少し揺れた。

その刹那。
ぼんやりと眺めていた長い髪が重力に逆らった。
次の瞬間には、スカートの裾が片時だけ地面に触れる。
行く手を遮っていたはずの踏切棒はあっけなくすり抜けられ。

言葉を発する間もなく、彼女の身体は線路の上にあった。

ほんとうに一瞬だったのだけど。
自分には、それがスローモーションのように見えた。

電車の切詰めたブレーキ音が聴覚を奪った。
それに伴う独特のクラクションの音。
だけどそんな事すら気付かせないくらいに思考が飛んだ。
おぞましいほど身の毛がよだつ。

危ない、そんな呟きすら間に合わなかった。

スピードを落とせなかった車体は、一瞬にして彼女の身体を消し去った。
微かに水滴が頬に当たったが、そんな些細なことには気が回らない。

夜空に舞ったのは紛れもなく、破片。

幸い暗闇がその詳細を隠し、現状を直視することをせずにすんだものの、月明かりは残酷で、その起こった事実を否定はしなかった。
人の形は、そこにはない。