それにしてもなぜ、視力を失いかけて現実でさえ曖昧な自分が、幽霊をみることができたのだろうか。

そんな自嘲にも似た疑問をわざと自分に問いかけて、はっとする。

そう、はっきりと見えるのだ。
彼女の姿が。

幽霊が見える、ということではない。
周りの景色は相変わらずぼやけているのに、彼女の姿は透けてはいるもののはっきりと見えるのだ。
まるで自分の視力が元に戻ったと錯覚させるくらいに。

その事実は、少なからず自分の中では喜びに似た感情を生み出した。
なんの解決にもならないことだったが、はっきりと見える彼女に向き合っていることで、今までずっしりと重かった心の負担が和らぐのを感じる。

その気持ちがどうやら顔に出ていたようで、彼女は不思議そうな顔でこちらを見ていた。
きっと間抜けな顔をしていたのだろうが、その顔に少し安心たようで、彼女の表情からも瞳の暗さが溶けていく。

「もし、よければ・・」

ふっと彼女の言葉に現状を取り戻し、再度彼女を見つめた。
そこには、初めて向き合ったときよりも自然な彼女の微笑みが浮かぶ。

「名前を、聞かせてもらってもいいかな?」

高鳴る胸を静かに抑えながら。


『石岡 譲』

そう一言だけ返した。
自分の名を口にするのは、とても久しぶりだった。
少し照れくさい気持ちでいると、どうやら彼女も同じらしく、すこし瞳をそらしながら。

『樫葉 ゆず』

そう、一言だけ返してきた。