「嫌なものを見せてしまって、本当にごめんなさい」
彼女の言葉を聞き、昨夜のことが今の自分の頭には浮かんでいなかったことを知る。
それどころか、彼女が恐怖を覚える存在だということすら、忘れてしまいそうな自分がいることに驚いた。
そんな信じられない現状にさらに動揺してしまい動けないでいると、彼女は曇らせた瞳ののまま視線を地面へと落とす。

「死んだ人間から待ってるなんて言われたら、怖いよね」

ごめんね、とまた一つ言葉を零す。
その悲しそうな表情と少しの誤解に慌てた。

「そんなこと・・」

そんなことない、そう言いたかったけど、怖い思いをしたのは事実で。
最後まで言葉を紡げなかったバカ正直な自分に苛立ちを覚えて拳を握った。
一度伏せてしまった視線を再度彼女に向けると、悲しそうな彼女の姿がまた瞳に映って心が軋む。

「正直、怖いとは思った」

隠し切れないなら正直に話そう。
嘘をついても、きっと多少の恐怖心は表に出てしまうだろうから。

「だけど、君のことが気になって仕方なかった」

口に出してみて、なんだか少し気恥ずかしくなった。
どんな意味であれ、こんなことを伝えるのは初めてだったから。

彼女は顔を上げ、少し首をかしげた。
そんなしぐさを、まともに見れない自分がいる。

「私が、珍しいから?」
「そういう意味じゃなくて・・」
「じゃあ・・何が知りたいの?」

なんて言えばいいのか分からずにいると、さらに彼女は分からないといった表情を見せる。
それもそのはずだろう。
自分ですらよくわからないのだから。

聞きたいことはたくさんある。
堂々巡りしていた疑問が頭の中を巡っている。
でもどの質問も、今なげかけるものではない気がした。


「‥どうして、僕を待ってるなんて‥?」

絞り出した質問が彼女へと渡ると、彼女は一呼吸置いて答えを返す。

「あなただけが、私に気付いていたから」

姿が見えるのも、声をきけるのも、あなただけだった。
そう、彼女はつけたした。
その事実を知って、また疑問は浮かぶ。

特別霊感があるわけでもないのに、なぜ自分だけ?
あの事故の瞬間を見たせい?

答えはきっと彼女も知らない。
彼女はただその事実に気付いただけだから。