早足で歩いていた靴音を、一度ピタリと止めた。
少し呼吸が乱れているのは急いだためか、これから向かおうとする現実への動揺か。
どちらか分からないまま、闇に埋もれた先にある踏切を前にした。
傍まで行くにはまだ少し気持ちが追いついていない。
恐れる気持ちを必死に隠しながら、真っ直ぐとその場所を見つめた。

雲の隙間から月が少し顔をだすと、闇に隠されていたその先が少し照らされる。

ふっと。
呼吸を忘れる。

月夜に晒された人影に全てを奪われた。

彼女だ。
やはりその場所で彼女の姿がポツリと浮かんでいた。
踏み切りの真ん中でぼんやりと地面を見つめている。
見つめた先に、彼女の影は見当たらない。

彼女の存在を確かめ、心臓が波打った。
その揺れは恐怖に紛れていながらなぜか心地良い。
眼鏡越しのぼやけた視界のなかで、ただ彼女の姿だけを捕らえていた。

綺麗だ、その想いが膨れるばかり。

しばらく呆然と見つめていたが、少しの冷静さを取り戻すと意を決して一歩を踏み出した。
踏み切りへと、彼女の元へと足音も立てずにゆっくりと向かう。
その入り口までたどり着いて立ち止まった時、最後の一歩で地面が鳴った。
その微かな足音に気付いたように、彼女はこちらに視線を向ける。

今度は一瞬じゃない。
しっかりと、彼女との視線を絡めて離さなかった。