慌しい夜が明けようとしていた。
先刻まで右往左往していた警察官やレスキュー隊は、まだ暗いうちに仕事を終えて蒸し暑い夜の踏切から姿を消した。
眠りに入った電車が行き交わないその場所は、しばしの静寂につつまれる。
存在していると言えるのか分からなかったけど、人通りもほとんどない場所に一人、私はぼんやりと立ち尽くしていた。
ごくたまに踏み切りを渡る人が居たけれど、みんな私の身体ををすりぬけていく。
痛みも、違和感も、まるでない。
実体がないのがどちらか分からないくらい、相手の感触も体温も感じられなかった。
たった一夜その場にいただけなのに、もう何年も立ち尽くしている気分になる。
この感情は寂しいなんてものではない。

虚しい。
その言葉が一番近かった。

忘れられない過去の記憶。
無を望んだ理由、切望、葛藤、決意。
肉体を失って、皮肉にもそれだけが残ってしまった。
手放したかったものだけが、手元にあった。
これを絶望と呼ぶのだろうか。
死にたいと思った時よりももっと深い溝に落ちた気分だった。

そんな空虚な存在になって、初めての夜が明けようとしていた。
朝の光は幽霊には毒なんじゃないかなんて思ったけど、全くそんなことはない。
透けた身体がよりいっそう光に融合していくだけだ。