自分がいつの間にか家に辿り着いたことに気付いたのは、乱暴に閉めた扉の音を聞いた後だった。
薄暗い家の中をぼんやりと見つめながら、少しずつ平常を取り戻す。

家に帰った途端、冷たい気持ちになった。
外でのあの信じがたい出来事の方がまだ熱をもっていたように感じるほど、玄関の鍵を閉めるのと同時に、こみ上げる感情を無意識に閉ざしてしまう。

この数時間、感情の浮き沈みが激しい。と、いうよりは、あれだけ自分が取り乱すということが自分にとっては珍しかった。
もともとマイナス思考で感情を荒げることなんて早々ない。
自分にもあれだけ感情をむき出しにして恐れることができるのだと知ることが出来た。
視力を失うかもしれないと知った時でさえ、静かな恐怖しか感じることができなかったというのに。

人の気配のない家の廊下を進んでダイニングへ向かった。
床がきしむ音だけが響く。
あまり使用感のない机の上には、見慣れた光景。

『夏ばてしないように気をつけて』
一言添えられた手紙の横にはラップにかけられたオムライス。
そして同じように隣に置かれた茶色い封筒には、いつもどおりお金が入っているのだろう。
思わず重たいため息をついた。

両親とも仕事中心の生活で、滅多に家にいない。
そのため顔を合わすことも少なく、合わせたとしても話すことなどほとんどなかった。
仕事に手一杯なのか、仕事にしか興味がないのか。
もうこのような生活を幼少期から続けていた。
暗く育ったものの、外れた道に進むような人間によくならなかったなと、我ながら感心してしまう。