ほのかに散らばる街明かり、忙しなくクラクションが響く。
まだ暑さの残る季節では、まとわりつく生暖かい空気が鬱陶しい。
うっすら浮かんだ汗が頬を撫でた。

普段からさほど混雑していない大通りは、陽が落ちきったこの時間では人は数えるほどしかいない。
そんなコンクリートの歩道の上を、ガードレールを頼りに、眼鏡越しのはっきりとしない視界の中でぼんやり歩いていた。
すれ違う自転車の擦れる音さえ今の自分には届かない。

真っ白な頭の中を目まぐるしく這い回るのはたった一言だけ。

薄暗い地面を見つめながら、甦ったのはあの消毒液のツンとした匂いだった。
『もう、そんなに時間はない』
低い声は躊躇いがちに。

確立は十%、そう告げた。

信号が点滅を始めたけど、止まりもせずに白い線の上を渡る。
ここは音もなければ、黄色い地面の案内板もない。
これから先、自分はこの道を歩きづらくなるのだろうとぼんやりと想ったが、すぐに意識の奥へと消えてしまった。
きっとキリがない。
ただ一つ機能しなくなるだけで、無くすものはいくつあるかなんて。

『このままいけば、確実に視力を失う事になる』
それならば少しの確立にでも賭けるべきだ、そう医師に告げられた。

少しでも確立があるなら、そんなことは分かっているんだ。
最善だとは分かっているのに、出た言葉は同意ではなかった。
放っておけば見えなくなる。
だけど、失敗しても見えなくなる。
成功する確率の低さに、途方もない絶望感が押し寄せていた。

手術が失敗して、今見える霞んだ世界すら見えなくなったら。
まだ少し余命を残されていたはずの視界すら見えなくなったら。
それならば、少しの間でも、ぎりぎりまでこの世界を見ていたいと思うのは許されないのだろうか。
成功の確立が下がるとしても、元々すがりつける数字でもないのだから。