「……? 何だよそれ。僕だって分かるよ。創作の苦しみは。しかも、それは答えになって無いじゃないか。僕は、その子は誰? って訊きたいだけなのに。そもそも……」
「それが分かってねえって言ってんだよ!」
 彼は、俯きながら怒鳴った。
「俺の事なんて、誰にも分からねえよ」
 吐き捨てるように。
「……何だよそれ! 僕だって、悩んでることはあるんだ! なのに、なのに、それってずるいよ……」
 彼は、顔を上げ、声の震えている佐藤を見た。佐藤の大きな瞳が、照明で乱反射して、とても綺麗に映る。
 彼は、その光景に、忘れ去られた憧憬を見た。遠い昔の、そのたわいもない一ページを。
「……何で答えてくれないんだよ……。もう、ボイターズは解散だ! 謝ってこなきゃ、絶対に許さないからね!」
 叫んで出て行った佐藤を目で追いながらも、彼は、ぼぉーっと、その憧憬を目に焼き付けている。
 その内に、独りきりのその部屋で、彼は声を立てて笑った。笑いが、いくらでもこみ上げてくる。
 最早、真っ赤な瞳。彼は、この世に於いて、唯一無二の安楽、幸福を手に入れた事に、俄かに狂気した。奈落の底にある、一条の光を見た。
 そうして、まだ真新しいキャンバスを取り出し、一心不乱に絵を描き出す。
 この胸の残響が、鳴り止まぬうちにと。