計画は完遂出来ず、隣には便器。
 彼は、頭を振って、五分ばかり気持ちを落ち着かせると、千鳥足で居間に向かった。腹痛が理由では、五分が限界だと感じていた。
 しかし、「ねえ、憲広? これは何?」居間への扉を開けて、最初に飛び込んだ場面に、彼は思わず「お前!」と叫び、佐藤の下へ走り寄って佐藤が眺めていたそれを奪う。
 開いたクローゼット。
「憲広、それは何?」
 佐藤が指さした先には、一枚の絵があった。
「片方は、舞花だよね? じゃあ、もう一人は?」
 彼の持っていた絵。それには、二人の女性が描かれていた。
 二人の女の子が頬を寄せ合い、肩を組んでいる。女の子は、高校生のようにも見えるし、少女のようにも見える。左の女の子は、満面の笑顔で、正面を向き、右目の端に傷。白地のワンピースを着ており、胸にコスモスをあしらったワンポイントが施されている。
 それに対して右の女の子は、目を伏せ、そうしてやはり笑っている。同じ作りのワンピースを着ているが、こちらは、薄い蒼一色。
「……これは」
 彼は、口ごもった。
「言えないの? 何で言えないの?」
 佐藤は、不安の入り混じったような声で、更に問う。
 彼は、絵を持ったまま、その場に座ると、ただ、その絵を眺めた。
「ねえ。憲広? 何なのこの絵。舞花そっくりのこの子は誰? 姉妹? 双子? 親戚? 何時この子に会ったの? 何時描いたの?」
「綺麗だと思うか? この絵……」
 彼は、ただ、そう呟く。
「……? 綺麗だよ。綺麗に決まってるじゃないか。そんな事より……」
「何十回も、何十回も、描き直したんだ」 彼は、割り込むように言った。
「けれどな……。……義久。お前、昔言ったよな? 『絵と文学では、文学の方が自殺者が多い』って。それはな、言っておくぞ? 違うよ。それは、絶対に違う。……だってな? 俺は、いくら描いたって、いくら描いたって、絶対に納得が出来ないんだよ。描いたって、描いたって、絶対に届かねえんだよ。俺は、舞花の笑顔をこんな風に描きたい訳じゃないんだ。分からないよ。お前には」